ガラスの棺 第9話


草木も眠る丑三つ時。
そんな時刻に一番来たく無い場所に俺たちはいた。
しんと静まり返ったその場所には、俺たちの足音だけが響いている。
辺りは街灯もなく真っ暗で、懐中電灯のか細い光だけがこの場所を浮かび上がらせた。正直に言えば、視界に入るモノは夜中に絶対に見たくないモノだった。
落ち着け俺。
ここにいる男は俺だけだから、頼れる男だとアピールするチャンスだ!

「えーと、こ、こ、こっちでいい、んです、よ・・・ね?」
「ちょっとリヴァル、声が震えてるわよ?男の子なんだからしっかりしなさい」

からかうような口調で言うのはミレイ。
彼女もまた懐中電灯を手に歩いているのだが、この場所には不似合いなほどその表情は明るい。いや、気持ちは解らなくないけど、やはりこの場所に来たら明るい笑顔なんて俺には無理だ。

「そんなにびくびくしなくても大丈夫よ。暴漢が来ても私が相手をするし、目的地にはゼロがいるはずよ」

呆れたように言うのはカレン。
世界唯一の軍隊黒の騎士団の零番隊隊長でエースパイロットである彼女に勝てる者など・・・ゼロぐらいだろうと思う。男の俺が二人を守ると言えないのは悲しいが、彼女がいれば人間相手なら心配は無い。だからその点は心配してないのだが。

「なによリヴァル、幽霊が怖いわけ?」

にやりと笑うカレンに、お前お嬢様演じてた時そんな顔しなかっただろうと言いたいが、図星を指されたため何も言い返せなかった。

「幽霊ねぇ。もしいるなら出て来て欲しいわね」
「か、会長~」
「だって、ルルちゃんの幽霊に会えるのよ?会いたくない?」

情けない声を出した俺を笑いながら、ミレイはそう言った。
確かに、会いたい。
ルルーシュの幽霊なら怖くは無い。
むしろ出て来いルルーシュ。

「そうそう。それにルルーシュなら、この辺の幽霊全員部下にしてるわよ」

だから平気でしょ。
あっさり言うカレンの言葉にも成程と頷いてしまう。
何せゼロとして反ブリタニア勢力を纏めただけではなく、その後皇帝になったと思ったら世界に喧嘩を売って、あっさり世界征服を果たしたあの悪友の幽霊だ。
口の上手い奴だから、上手く相手を乗せて自分の部下にしているかもしれない。
やりそうだ、あいつなら。
いや、絶対にやってる。
そう考え始めると、それまで不気味だったこの場所・・・真夜中の墓場も怖くなくなるから不思議だ。腰の引けてた体勢を直して歩くと女性二人が小さく笑った気がするがもう気にしない。
さあ、幽霊、でてこい。
そんな気持ちで先に進むと、墓場の奥に小さな明かりが見えた。

「あそこね」

明かりを目指して進むと、そこには一人の男が立っていた。
帽子とマスクと、こんな闇夜でサングラスという怪しいいで立ちだが、間違いなくゼロの衣装を脱いだスザクだった。
生きているのは知っていた。
あのゼロがスザクだとは聞いていた。
聞いていたが、こうしてゼロではなくスザクを目の当たりにしたことで、涙腺が刺激されてしまった。ああ、本当に生きていたんだと、ようやく実感した。こんなことで泣きそうになるなんて、俺も年を取ったってことかな。

「おまたせ~」

ミレイは明るい声で手を振ると、スザクは軽く会釈した。

「で、この下なわけね。ルルちゃん」

スザクが立っていた場所。
何度も花を添えに来たから、誰の墓かなんて聞かなくても知っている。

SUZAKU KURURUGI
2000-2018

そう、ダモクレス戦で死んだと言われているスザクの墓だ。

「でも、騙されたわ。てっきりこの下、空っぽだと思ってたから」 

だってスザク君がここにいるんだもの。

「だからこそ、ここに埋めたんです。僕が生きていると知っている人は、この墓が空だと思っている。まさかルルーシュを埋めたとは思わないでしょう?」

ナナリーやカグヤ、扇たちは、スザクが生きていてゼロになったことを知っている側の人間だ。だから、ここにあるスザクの墓になど興味は示さない。ルルーシュの墓の方は興味津々だったが。

「でもここだと、ルルちゃんの墓を暴いた人たちが、騎士のスザク君も欲しいって考えたらアウトなわけね」
「ええ。その可能性も考えて他の場所にという話もあったんですが・・・ルルーシュはブリタニアに帰りたいとは思わないでしょうから、日本で埋めるとなると、ここか、ロロのいる場所しかなくて」

ロロの場所ではミレイ達は行けないし、ロロも時期を見てここに移す予定だった。
そのために、スザクの墓の隣には架空の人物の空の墓が用意されていた。
それに、スザクの墓が空だと、何時の時代か墓が暴かれた時に、スザクが生きていたことを知られてしまい、そこから真相に辿り着く者が出るかもしれない。
だからスザクの墓には遺体を入れておく必要もあった。
やがて朽ち果てれば、ルルーシュのスザクの背格好は似ていたのだから、 DNA検査でもしない限り偽りの遺体だとは誰も思わないだろう。
そう考えていたのだが、予定は大きく狂ってしまった。

「まったく、教えてくれてもいいじゃないの。ルルちゃんが好きそうな花とか持ってこれたのに。って言っても仕方ないわよね」

何処から情報が漏れるか解らない以上、誰にも言えないのは当たり前だ。

「車の方は指示された場所に用意してるわ」
「はい、スコップ」

カレンは両手に持っていたスコップを一つスザクに渡した。
今日ここに手を入れる事はここの管理者たち・・・ルルーシュのギアスがかかった者たちに知らせているから問題は無い。
重機を使えば簡単だが、その大きな音でこの墓を暴く事を知られてしまうため、ここは人力で掘り出すしかないのだ。
スザクは人間離れしたその腕力で墓石を退けると、カレンと二人で土を掘り出した。ミレイとリヴァルは辺りを警戒し、二人の作業を見守っている。
これらの作業はスザク一人で出来る事だったが、スザクはゼロなのだ。
ルルーシュの遺体を守る墓守にはなれない。
この墓の異常に気付く者出た場合、遺体を守るためにゼロであるスザクが姿を消せば、墓を暴いたのはゼロだと思われ、何故暴いたのかをカグヤ達に怪しまれる。自分の墓を暴く理由に彼らなら気づく可能性は高く、それは避けなければならない。
だから第三者の協力が必要で、新たな埋葬場所を用意するまでの間ルルーシュの棺を彼らが隠し持ち、守る事になった。
彼らならきっと守ってくれる。
カレンもルルーシュを、ゼロを裏切ったことを後悔していたから問題はない。
万が一の時戦える人材がルルーシュの傍に必要だった。
ゼロレクイエムに関わること無く傍観せざるを得なかったもの。
ゼロレクイエムにおいて敵側にいたもの。
彼らが疑われることはないだろう。

土の下から棺が掘り起こされ、スザクは慎重にそれを持ち上げた。

「カレン」
「大丈夫、そのままそう、いいわ。よいしょっと」

持ち上げられた棺をカレンが上から支え、ようやく地の底からルルーシュが戻ってきた。5年前は眩しいほどに白かった棺は土で薄汚れている。
暫くの間全員が無言で棺を見下ろしていたが、スザクは辺りを見回した後、少し離れた林まで駆け出した。棺の分だけかさが減っているため、誤魔化す必要がある。近くに隠していた空の棺を担いで戻ってくるとそれを開けた。中には掃除道具も入っていて、それらを出してからルルーシュの棺そっくりの空の棺を地の底に戻し、土をかけた。
地面を平らにならし、墓石を元に戻す。
そしてミレイが中心となって徹底的に清掃した。
一応朝になったらこちらの手のもの・・・ギアスがかかった作業員が再度この墓のメンテナンスを行う予定だが、念の為にも違和感のない状態にしておくのだ。
時間をかけて清掃を終えた後、ルルーシュの棺は大きな布袋に入れ、スザクが担いだ。清掃道具とスコップは主にリヴァルが持ち、辺りを警戒しながらその場を離れた。


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